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【御伽夜】
「司馬懿」
隣で横たわる彼の長い髪を退けてやりながら、名を呼んだ。綺麗な漆黒の長髪が彼の顔に掛かり、気だるそうな表情と相まって綺麗なのだがこれでは瞳を見ることができない。
彼の暗い眼に自分が映っていた。
「…なんだ」
鬱陶しそうに、眠りを妨げられたのが気に障ったのか、目一杯眉間に皺を寄せてこちらを見る。身体も冷めたのか、寒そうに掛け布を引き寄せる姿が愛らしい。
「そろそろ、帰りますね」
出来ることなら言いたくない、終わりの言葉。
この時が永遠に続けば良いと幾度思ったことか。それでも、終わりは訪れるのだ。
彼は、そうか、と一言だけ言い、背を向けた。
素気ない態度が彼らしく、つい笑みが零れてしまう。するとすかさず、何を笑っているのだ、と苛立ちの含まれた彼の強く、よく通る声が響いた。
最後にと、彼の細い身体を強く、抱きしめる。
それは折れそうなほどにか細く、あまり温かくはないが。嗚呼これは、紛れもなく愛しい人そのもの。
世は乱世。三つの勢力が鼎立しているが、いつ何時、どの勢力がどこに攻め入るかわからない不安定な状態が続いている。
戦が始まれば、会うことはできなくなる。
再び会えるかどうかなんていう保障は、ない。だとすれば、この逢瀬が最後かもしれない。保障は、ないのだ。
「では、」
何分か彼を抱きしめた後、そっと寝台から降りた。
途端、室は酷く冷え込んでいたことに気づいた。
「さようなら、司馬懿」
「……ああ」
また、とは言わない。否、言えない。
モゾッと、彼が少し動いたのを見て此方を振り返るかと期待したのだが、彼は結局背を向けたまま、また素気ない態度で返された。
その態度がまた彼らしく、苦笑して室を出た。
「…寒いな」
ぽつり、呟く。
横を向いた。当然だが、誰もいない。
辛うじて敷き布が少し乱れていて、そこに先刻まで人が居たことを示していた。
敷き布を触れてみたが温もりはとうに消えていて、ああ、そういえば今日は一段と冷え込むと誰かが言っていたことを思い出した。
「寒い」
また、独り呟き、掛け布を頭から被り目を閉じた。
早く、早く眠ってしまえ。
忌々しい。
広くなった寝台に、隙間風が冷たく吹き付けた。
***
それはそれは、御伽のような夜の瞬刻
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