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「それにしても、女性のスチュワードとはなかなか珍しいですね。名前を聞かせてもらえますか? 歴史上伝わっている名前で構いません」
刀悟を書類責めにした桐島は、視線を繚の方へ移し、椅子を勧めながら問い掛けた。特に名前を明かすことへの抵抗を持たない彼女は、椅子に腰掛けてから答える。
「土方歳三じゃ」
「なるほど、了解です」
刀悟や優希のような反応を期待していたのか、繚は拍子抜けした様子だった。それは刀悟も同じらしく、書類を書く手を止め、振り返って桐島の顔色を窺っている。
しかし、眼鏡越しに見える彼の目には、全くもって驚愕の色が映らない。繚の顔に、あからさまな失望が宿った。
「ん? 驚くと思ったかい? 残念だけど、私は強烈なスチュワードを何人も見てきたからね。確かに土方歳三が女だとは思わなかったけど、そこまでは驚かないよ」
「強烈なスチュワード?」
土方が女である事は相当のサプライズだ、と刀悟は思っていた。さすがの桐島でも驚くに違いない、という確信にも似た自信も持っていた。その期待が簡単に、しかも完璧に砕かれてしまった事で、失望よりも単純な興味を抱いてしまう。
繚よりも衝撃的なスチュワードとは、一体どんな者なのか。桐島はメモ用紙を一枚取り、左手のペンを軽く動かすと、刀悟に厳しい目を向けた。
「書類を書きながら聞きなさい。出来ないなら喋りませんよ」
ちっ、と舌打ちし、刀悟は渋々書類に向き合った。
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