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剣を振るう度に、舞い散る紅の飛沫。敵の誰かが取り落とした剣を左手に、長年行動を共にした愛剣・和泉守兼定(イズミノカミカネサダ)を右手に持ち、大雑把に敵を眺める。
数はかなり多い。一人で捌くのは不可能。ただ、それは分かりきった事だ。俺が橋を落とし、川に陣取ったせいか、敵は一様に軽装。
常時水に浸かっているせいか、足にはもうほとんど感覚がない。一歩下がれば足場がないのは確認済み。ここで踏み留まって、出来るだけ追っ手から時間を稼ぐのが俺の役割だ。
先刻までは矢で牽制を仕掛けていた敵方だが、既に矢は尽きたらしい。水面に浮かぶ矢のほとんどは、俺が兼定で叩き落としたものだ。無論、その中の幾つかには俺に刺さっていた物もある。
兵士が砂利を踏みしめる音が耳に入った。感覚を研ぎ澄ませ、剣を握る手に力を込めた直後――始まった。迫る敵の足元から、水飛沫が俺の顔へ飛来する。
それを払うように放った右の刃は、先頭の男の首を裂いた。続けざまに左の刃を胸に突き立てると、男は川に流される。
押し寄せる兵は正に津波。ぬかるむ足場を意識しつつ、兼定を振り抜くと、三人の兵士がもつれるように水中へと消えた。
同時に、左の刃がダメになったようだ。諦めてそれを川に棄て、俺は両手で兼定を握る。この場から一歩も動かず、刃を水に持っていかれないように振るい続ける事しか、今の俺には出来ない。
次第に赤へと染まり出す水面は、最早俺の姿すら映してはくれなかった。
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