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刀悟が勢いよく扉を押し開く。すると、それまで浮かれ顔だった彼の表情を、一瞬で落胆が塗り潰した。
そこに立っていたのは、およそ刀悟の肩ほどしか身長のない、黒い癖毛の少女である。大きめの目で刀悟を見上げ、彼女は微笑む。
「なんだ、蓉子かよ。何の用?」
「何の用って……服貸してくれ、って言いませんでした?」
蓉子という少女は、頬を膨らませながら刀悟に反論した。右手に大きな紙袋をぶら下げている彼女は、それを目で示す。あっ、と今気付いたような反応を見せた刀悟は、服の事など完全に忘れていたのだろう。
繚は説明書へ完璧にのめり込んでおり、蓉子の方に気付く様子はない。ただ、礼を言わせないのも失礼に当たるため、刀悟は嫌がる彼女を無理矢理テレビから引き剥がし、蓉子の前に立たせた。
「幼なじみで後輩の蓉子。服持って来てもらったから、挨拶と礼をしろ」
武士たるもの、その辺りの礼儀は心得ているようで、繚はそう言われると自分の意思でしっかり立ち、蓉子に向けて一礼した。
「感謝するぞ、蓉子。私は百花繚――歴史上では土方歳三じゃな。見ての通り、刀悟のスチュワードじゃ」
「繚さん、ですね。壬生蓉子(ミブヨウコ)です。よろしくお願いします」
「壬生……か」
蓉子がペコリとお辞儀するが、繚は彼女の発した名字を繰り返すのみで、それは視界に入らないようだ。
壬生浪士組。新撰組の前身である。かつて仲間たちと駆け抜けた時代が、彼女の頭をよぎったのかもしれない。
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