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「……俺は、何を間違えた?」
刀悟は、目鼻立ちのくっきりした顔を歪めながら独白する。目の前に立つ、『土方歳三』であるはずの人物を眺めながら。
そこに立つ者は、刀悟が期待していた人物像と決定的な点が異なっていた。それは、印象などという曖昧なものではなく。彼の目の前にいたのは――。
「……女?」
「何じゃ、女では不都合か?」
そこに立つ少女は確かに、漫画やドラマのイメージ通り、あの有名な浅葱色の羽織を纏っていた。しかし、それを纏うのが少女であるせいか、刀悟にはただのコスプレにしか見えない。
刃のような危うさを含んだ煌めきを湛える瞳、後ろで束ねられた黒の長髪。絹糸のように滑らかな髪が彼女の目を覆っても、放たれる力強い眼光には一縷の淀みもない。
白雪のような肌に、筋がしっかりと通った鼻。軽く開かれた薄桃色の唇からは、男にしては少し高い声が紡がれたのも確認済みだ。
男だと言われれば見えない事もないが、本人が認めている以上は何も言えない。また、彼女が腰に差しているのが刀ではなく、西洋風の両刃剣だという事も、刀悟には異様に感じられた。
ただ、確かにその出で立ちからは、多くの隊士から慕われ、或いは畏怖される『鬼の副長』としての威風の一端が感じ取れる。しかし、その存在感に気圧されてもなお、刀悟には彼女が土方であるとは信じられなかった。
お互いに一言も喋らない。少女は刀悟を鋭く睨んでいる。仕方なしに、彼は気乗りしなさそうに口を開いた。
「お前が、土方歳三?」
「無礼じゃな。召喚主とはいえ、いきなり呼び捨てか? しかも、お前呼ばわりとは不遜にも程がある。スチュワードだからと言って、下に見るのはよくないぞ。……おお、質問に答えなければな。思い上がった無礼者と同等になってしまう。いかにも、私は新撰組の副長、土方歳三の異名を持っておるぞ」
スチュワードとは、召喚された側の通称である。本来は同等の立場なのだが、刀悟のように履き違えている者も多い。他人を自分の意思で呼びつける事に、優越感を覚えるのだろう。
そして、あからさまに嫌味を混ぜながら正体を明かした彼女。刀悟は、何とも複雑な表情を浮かべた。一番強く出ているのは不快感だろう。
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