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海辺の喫茶店で綾子は働いていた。
地元から離れ、叔父が営むこの喫茶店は、とてもゆったりとした時間が流れていて、綾子はとても気に入っていた。
もともと地元は好きではなかったし、この過疎とも言える海辺の潮風に吹かれるのが好きだった。
長く伸びた髪を手の平で押さえて、綾子は飼い犬である雑種のシュウを連れて散歩へと出る。
強い海風が綾子の髪を、そのスカートをはためかせる。
浜辺へおりると、広大な海が眼前に広がり、寄せては返す波が飛沫を時折あげている。
綾子は目を細めてその様子を眺め、シュウを繋ぐリードをはずしてやり、自由にしてやると、その浜辺をゆっくりとした歩調で歩き始める。
まだ生まれて3年ほどのシュウは元気に走り回り、綾子の足に絡みついてきたかと思えば、遠くのほうで綾子がくるのを待って一声あげたりと騒がしい。
綾子はそんなシュウの様子も目を細めて、柔らかい笑みを見せて眺めるのだった。
足を砂にとられつつも歩みを進め、いつものシュウの散歩コースを歩く。
しばらくすると、シュウの姿が綾子の前から消えていた。
「シュウっ?」
綾子は少し驚き、声をあげてシュウを探して辺りを見回した。
田舎町の浜辺には、そうそう姿を隠せるような場所はない。
近所のおじいさんの乗る小型の船の入る船小屋が数件ある程度だ。
綾子は船小屋の影へと顔を覗かせていく。
「シュウ、どこいったの?」
更に声をかけながら、浜辺を歩く。
近くで人の声を聞いたような気がした綾子は、その方向へと向かって歩いた。
船小屋の影で、シュウが人間の男の上へ飛び乗り、大きく尻尾を振っていた。
男は突然シュウにじゃれつかれたらしく、浜辺に寝そべり、シュウが顔を舐めてくるのを必死で抵抗している。
シュウはゴールデンレトリバーほどの大きさのある大きな犬だ。
男の力でも簡単に振り払うことはできないらしい。
綾子はその様子を見ると、少しおかしくも思えたが、自分の飼い犬が見ず知らずの他人を襲っているのはよくないことだと思い返し、
「ちょっと、シュウっ!!やめなさいっ」
そんな大声をあげて近寄っていった。
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