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シュウは呼吸を荒げて、男の顔を舐めようと舌先を出して男に顔を近づけ、男は悲鳴をあげながらシュウの鼻先を必死で捕らえて抵抗を続ける。
「やめなさいったら、シュウっ!!こらっ!!」
綾子はシュウの体に両腕を回して、シュウを男から引き離そうとしてみるものの、大きなシュウの体を綾子の細い腕は持ち上げることができなかった。
抵抗を続けている男を見ていると、綾子はやはり少しおもしろくも思えてくる。
小さく笑い声をあげると、男は綾子を不機嫌そうな目で見た。
綾子が、心の中で舌を小さく出した時、男もどこか気が緩んでしまっていたのだろう。
シュウの舌がべろりと大きく男の頬を舐め、男は更に大きな悲鳴をあげた。
男の顔をひと舐めしたシュウは気が済んだのか、綾子の足元に尻尾を振りながら上機嫌で戻ってきた。
「こら、シュウ。なに知らない人舐めてんのよ」
綾子は軽くシュウの額を叩き、男のほうへと視線を移す。
男は砂まみれになり、シュウに舐められた頬を手の甲でゴシゴシと拭っていた。
そこまでしなくても…と綾子は思ったりもする。
「すみませんでした」
綾子はぺこりと男に頭を下げて見せると、きた道を戻るように歩き出す。
「ほら、シュウ。おいで」
シュウを少し振り返り、声をかけて歩き出す。
「ちょっと待てよっ。人の名前呼び捨ててついてこいってなんだよっ?」
男が声をあげ、綾子は不思議そうに目を丸くして男を振り返った。
足元のわんぱくな犬を見て、男を見て、そして気がついた。
「あなたの名前もシュウなの?この子の名前もシュウっていうの」
綾子はシュウの頭を撫で、男は口をあんぐりと大きく開け、自分の勘違いの恥ずかしさからか、顔を赤らめて目を逸らす。
綾子はそんな男を見て小さな笑い声を零す。
「うるさいっ。笑うなっ。その馬鹿犬早く連れて帰れよ」
「馬鹿犬って失礼な。シュウは確かにやんちゃだけど。……シュウが舐めるのは、あなたが淋しそうにしていたからなんじゃないの?そうじゃなきゃ、シュウはあんなふうにあなたに飛びついたりしていないはず」
綾子の言葉に男は何も答えず、手にしていた一眼レフのカメラを弄る。
「…夕焼けでも撮りにきた旅行者?今日は雲が多いから、たぶん無理よ。雨が降るかも。カメラ濡れないうちに帰ったほうがいいわよ」
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