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綾子が言い終わらないかのうちに、ぽつりぽつりと大粒の雨が降り出し始めた。
空はどんよりと重く暗い。
誰が見てもこのまま大雨になるのはわかる様子だった。
「雨、降ってきたね。……カメラ、濡らしたくないなら、うちに来ればいいわ。そこの喫茶店がわたしの家なの」
綾子は男に喫茶店を指さしながら教えると、シュウにリードをつけなおし、男に背を向けて走り出した。
男は何か綾子へと声をかけようとして、その言葉を言い淀み、降り出した雨からカメラを守るように抱え直すと、綾子の後を追って喫茶店へと向かった。
男が喫茶店へとたどり着いた時にはずぶ濡れという言葉がよく似合う様子になっていた。
来ていたウィンドブレーカーの中へカメラを隠して身を屈めて走ったものの、カメラは少し濡れてしまった。
男は窓際のテーブル席へとつくと、何よりも先にカメラを確認し始める。
中のデータが飛んだ様子がないことを確認できると大きく息をつく。
「いらっしゃいませ。ご注文は何にいたしましょうか?あと、これ、貸しますね」
ぐったりと椅子に座った男に声をかけてきたのは、先程の綾子だ。エプロンをつけ、店員として水とおしぼりとメニューを運び、テーブルへとおくと、男の頭にタオルをかぶせた。
男は気がついていなかったが、髪から雨雫が垂れるほど濡れていた。
「ああ。どうも。ホット一つ」
男は頭のタオルで髪を拭きながら、メニューを見ることも綾子のほうを見ることもなく、そう注文を告げる。
「はい。ホット一つ。かしこまりました。
……叔父さん、ホット一つだって。久しぶりの客なのにつまんないね」
綾子は言いながらカウンターへと戻っていく。
カウンターの中では、整えられた髭を生やした綾子の叔父、洋平が男がホットを注文することを見込んで、湯をカップへ入れて温めているところだった。
洋平は綾子の叔父ではあるが、30代前半の未婚。まだまだ気は若い。
「綾ちゃん、そんなこと大きな声で言うもんじゃないだろ。それに俺のことは仕事中はマスターと呼んでほしいな」
洋平は綾子へ言いながら視線を男へと向ける。
狭い店内、カウンターからでもテーブル席はよく見える。
男は髪をタオルで拭きながら、視線を洋平へと向けていた。
視線があうと二人は会釈をしあった。
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