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「こんばんは」
その声は頭の上から降ってきたような気がした。ぼーっとした頭の中に、涼やかに浸みる女の子の声。
『声……?女の子……?上……から……?』
そこまで考えを巡らせて、ようやくそれが普通じゃない事に思い至った。
重くなっている頭を苦労してもちあげる。もう少しがんばって、視線を頭の上まで動かしてみた。
『……桜……か』
いつの間にこんな所まで来てしまったのだろうか。そこは赤茶の煉瓦で身を守っている古びた倉庫が並んでいる通りだった。
倉庫と倉庫の隙間に、一本ずつ立派な桜の木が植えられている。環境への配慮か持ち主の趣味か、真相はわからないのだが、すっかり日が落ちて闇に染まったこの空気の中で、月明かりに照らされた桜は何かに反応するように、ほんのりとその色を浮かび上がらせていた。
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