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俺、狭霧睦月(サギリムツキ)はいつも通り学校の課題を進めながら普段より帰りの遅い両親をただ待っていた。
携帯の受信音に多少なりとも驚きながら、気を取り直して通話ボタンを押すと慌てた様子の母さんがいきなり話し始めた。
『あ、睦月?お母さんだけど。今日お父さんの会社でトラブルが起きちゃって、今からアメリカの方に飛ばなきゃいけないのよ』
「……じゃあ、今日は帰れない?」
『えぇ、そうなの。だから夕飯は冷蔵庫の中に入ってる買い置きか何か使ってすませてくれない?』
「分かった」
ものすごく焦った様子で早口に話す母さんの勢いに、何か口出しするのはヤボだと察した俺は、返事を手短に済ませて、通話を切った。
「…………」
―父さんの会社って、そんなにすごい企業だったのか……?―
電話では普通に振舞っていたが内心とても驚いていた。
長年母と暮らしてきた俺は、母さんから何となく話を聞いてはいたものの、普段はさほど一般家庭と変わらない暮らしをしているので、そこまで自覚も無かったのだ。
強いて言うなら、一般家庭より家が大きい事と、桜の木を植えることが出来るほど庭が広いくらいだ。
たかが桜の木1本。
その広さの庭なら、まだ珍しいだけで探せば他にも沢山有るだろうし、そこまで大したことないと思っていた。
だが今となっては父さんの会社は実は予想以上に凄いんじゃないかと自覚せざるをえなかった。
俺は気持ちを落ち着かせると、揺華に一言声をかけ、食事の支度を始めた。
食事中、冷蔵庫に入っていた残り物や冷凍食品などで夕飯を済ませる俺に、揺華は不満そうな顔をしながらブツブツと文句を言ってきたが、そんな事を言うのならせいぜい自分で料理が作れる様になってからにしてほしかった。
この時、俺にはまだその日、自分達の日常が大きく変わる事になろうとは、知るよしも無かった。
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