第1章 恐るべし義母

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  線が細く、全体的に覇気がない。年老いたヤギみたいだ。 この人が、本当に不妊治療の名医なんだろうか。 しかしまあ、そんな事を疑っても始まらない。 私は月に一度の割合で、病院に通うことになったのだった。 治療といっても、私の場合、排卵障害を改善する注射や薬が主だった。 小さい頃から極度の注射嫌いだったが、今回の治療で、私はあらゆる箇所に注射を受けた。 腕はもとより、腹に尻に、なんでもありである。 もう恐れることはなかった。 治療を始めて数ヶ月経ったある日、生理が始まった体でいつものように丸椅子に座ると、ヤギさんが呟いた。 「あなた冷え性ですか?」 はい? 今のは質問ですか? それとも独り言ですか? 咳とかクシャミの一種ですか? そう問いたくなるような小声だったので、曖昧な返事しか出来なかった。 「はあ、たぶん」 するとヤギさんは、淡々と語った。 「冷え性は、不妊の一因です。こちらが処方する漢方薬で多少改善は出来ますが、完璧ではありません。あとは自分の努力次第です。靴下を二重に履くとか、腹巻きするとか、とにかく自分で工夫して下さい」 ヤギさんがこんなに喋ったのは初めてだったので私は驚愕した。 しかも、なんだか私を責めるみたいな口調だった。 つまり、あらゆる検査結果で決定的な不妊原因はないと分かっているのになかなか妊娠しないのは、私の努力の怠りだと。 などとまたまたひねくれた捉え方をした私は、車をすっ飛ばして帰宅し、かつて友人にもらった腹巻きを装着した。 これでも妊娠しなかったら、ヤギさんなんかただのヤギだいっ。 名医でもなんでもないやいっ。 靴下を重ねながら、そこまでヒドイ事を考えていた。 ……数日後。 私はあっさり妊娠した。 ヤギさんはヤギではなく、正真正銘、神に近い名医だったのだ。  
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