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「見ろよ、蛇骨。流し雛が流れてるぜ」
蛮骨の声に蛇骨は物憂げに目を向けた。
今日は上巳の節句。
晴れやかに空は澄んで、穏やかな陽気である。
蛮骨の目の先に、里の者たちが流したのであろう、粗末な紙の流し雛がちらほらと河面に浮かんで流れていた。
粗末だが、早春の陽光が河面に射し、雛たちをきらきらと照り返してそれなりに神々しく見える。
しかし、蛇骨は一瞥をくれたものの、すぐに余所へ視線を投げてしまった。
「雛ねぇ…」
「なんだ、その気のねぇ返事はよ」
「だっておれ、興味ねぇもん。蛮骨の兄貴はあぁいうの好きなのかよ?」
「好きとか嫌いとかじゃなくてな…」
ったく…と半ば呆れ顔で蛮骨は蛇骨の横顔を見やった。
つまらなそうな顔隠そうともしねぇ。
男を狩る時はあんなに目を爛々とさせるくせによ。
ちっとでも気を魅かれなきゃこの調子なんだからな…
「…なに?」
「あ?」
「だからさっきから何じろじろ見てんだっつうの」
「何でもねぇよ…」
変な兄貴。
そぅ呟くと蛇骨は川を流れゆく雛たちをじっと見送った。
(穢れ祓ったつもりなんかでいやがっていい気なもんだぜ。馬っ鹿みてぇ。)
本当の穢れなんか。
そんなもんで祓えやしねぇっつーの。
降り注ぐ暖かな陽光とは裏腹に蛇骨の心は白々と冷えていくばかりだった。
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