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二人はまた佐和子の自宅に向かった。
タクシーの中でも、マンションのエレベーターでも、沈黙を避けるように直美はしゃべり続けた。
全く関係のない世間話を、佐和子が相槌を入れる間もないくらい、夢中で話していた。
佐和子はその態度に合わせて、何もなかったかのように振る舞うことしか出来なかった。
部屋の前に着き、佐和子はほぼ空のバッグから鍵を取り出した。
直美の声に耳を傾けることに必死で、鍵がバッグに引っ掛かり床に落ちた。
廊下に微かな鍵の音が響いた。
今までずっとしゃべっていた直美の声がピタリと止まった。
急いで鍵を拾い、佐和子は直美に目を向けた。
その姿に驚き、また鍵を床に落としてしまった。
直美は肩を小さく震わせて床に落ちた鍵を見つめていた。
佐和子は慌てて鍵を開け、その震える肩に手を添えて家の中に入った。
俯いている直美の表情は伺えないが、心の中は悲しみに満ちているのはわかった。
肩に添えた手に思わず力を込めた。
大丈夫。
そう何度も心の中で呟いた。
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