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突然の佐和子の頼みに、直美はクローゼットの奥から沢山の雑誌や本を取り出しバッグに入れた。
家を出る間際、携帯電話の画面に目を向けた。
着信もメールもない。
あれから、正人とは連絡を取っていない。
どうすればいいのか、全くわからなかったから。
引き返すことも、前に進むことも出来ないまま、立ち止まっている。
直美は玄関の小物入れから、部屋の鍵を取り出した。
その中に、正人の家の鍵がいつものようにあった。
考えないようにしても、これを見る度に思い出す。
直美は正人の鍵にそっと手を当てた。
ひんやりと冷たい鍵が、正人の冷めた気持ちと重なって、喉の奥がぐっと苦しくなった。
そんな気持ちを吹き飛ばすかのように、大きく息を吸った。
思い切りドアを開けて外に出ると、柔らかな陽の光が直美を照らした。
直美は玄関のドアを閉め、少しの間、目を閉じた。
そして大袈裟なくらい力強く鍵を回した。
自分の気持ちにも少しだけ鍵をするように。
「さぁ、なにを作ろっかな?」
陽気な独り言とリズミカルなヒールの音が、渇いたコンクリートの壁に吸い込まれて消えた。
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