戻れない時間

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不器用ながらも、直美に厳しく指導された佐和子は何とか料理を完成させた。 出来上がった料理を食べながら、直美が何気なく佐和子にたずねた。 「佐和子ってさぁ、いつから独り暮らししてるの?」 「18歳からだよ」 「じゃあ専門学校の時から?あんた料理をしようって思ったこともなかったの?」 佐和子はお茶を口に含みながら頷いた。 「ふーん、でも実家にいる時はお母さんの手伝いくらいしたでしょ?あっ、そのわりに何も出来ないよね。もしかしてお嬢様?」 直美の質問を、佐和子は俯いたまま聞いていた。 「お嬢様って感じじゃないか……」 ちょっと気まずい雰囲気。直美は慌ててお茶を飲んだ。 「ん……私ね、親不孝者なんだ」 「親不孝?」 悲しげな表情を浮かべた佐和子は言い出しにくいのか、少しトーンを下げて話し出した。 「うちの母親は潔癖な面があって家事全般に関しては完璧でさ、私はほとんど何もしなくてよかった」 「そうなんだ。まぁこんだけ何も出来なかったらそうかもね」 佐和子は口角を無理矢理上げて笑った。 「私ね、こんな性格だから勉強も苦手で、大学に入ることなんて全く考えてなかったの。でも両親は大学に行けって怒ってね」 「いつも両親が決めたことに従って来た。だから反発心で専門学校に進んだ。勝手に受験して、勝手に住む所も決めて勝手に家を出たの」 「あんたが?信じられない!」 直美は驚いてテーブルをバンっと叩いた。 佐和子はビクッとしながらも話を続けた。 「だよね。自分でも今思うと信じられないよ。でもね、親の考えに従って顔色見て生きるのは嫌になっちゃったの。ただ、一人になったら急に難しいことが増えた。親の力がないと部屋を借りることも出来ないし、学費を払うことも難しかった。私ね、無趣味で友達も少なかったから、バイトばかりして貯金は結構あったの。でもそれだけじゃ生活は厳しかった」 「そうだよね?それで挫けて帰ったの?」 「ううん。私ってかなり頑固だから意地でも帰りたくなかった。そんな時にね、全て引き受けてくれたのが祖母だったんだ。昔から私の力になってくれてね。祖母がいたから今の私があるんだなって思えるよ」 直美は佐和子の隣に椅子をずらして、肩にそっと手を置いた。
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