戻れない時間

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佐和子の家を出た直美は、佐和子の意外な過去をあれこれ想像しながらエレベーターに乗った。 その時、携帯電話が遠慮なく震えた。 正人 そう記された画面に、直美は思わず息を止めた。 エレベーターが一階に到着した瞬間、直美は緊張で脈打つ指先で通話ボタンを押した。 「はい……」 「おい!鍵返せよ」 直美の傷ついた心を底からえぐるような言葉。 直美は泣き出してしまいそうな衝動を必死で飲み込んだ。 「だって、あたし達何も話し合ってないじゃない」 「あーなに?じゃあ今話せよ」 冷めた声がチクチクと鼓膜を刺激した。 「今?電話で?」 「……鍵を返してもらいたいから、今から来いよ!その時にでも話があるなら聞いてやるよ」 何様なのかと思わず反論したくなる、正人の横柄な態度。 直美は脳裏に浮かび上がった様々な汚い言葉を我慢して、正人の言葉に了承した。 もうそれしかなかったから。 直美は一度乗ったエレベーターのボタンを再び押し、来た道を引き返した。
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