:月下美人:

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そんな働く若者ことラルを尻目に酔っぱらいの横に居た同年代ぐらいの男が身を軽く寄せ呆れた様に口を開いた。 「おいおい……三日後って騎士の入団テストじゃねぇのか?」 「ありーそうだっけ? 俺は料理できるやつ募集って聞いたがなぁ」 棒読みであからさまに惚けたフリをする酔っぱらいの言葉を聞いて男は働く姿のラルを見て憐みの目線を送る。 騙されているとも知らず忙しなく笑顔を絶やさず一生懸命に働く若き少年を見ていると思わず、おっさんは涙が出そうになる。 「料理違いだっつの……あーぁラルの奴、また勢いで飛び出して……料理長にコテンパンに怒られて」 「しばらく賃金無しで働くことになるなぁ、わははは」 「悪魔だなお前。まっ俺も言う気はねぇけど……面白そうだし」 涙腺を刺激されていた筈のおっさんの憐みの心どこえやら、最初にフッと湧いて出て今は塵と化したかのようにそんな気持ちこれっぽちもない無いおっさん。 なんという掌返しだろうか……。 「騎士団の入団テストだからなぁ、アイツ帰って来た時の反応が楽しみで仕方ねぇな」 「だな」   頷き合って、純真無垢な夢見る少年のリアクションを想像しながらダメなおっさん×2はニヤニヤしながら今宵、幕を開けた物語にお互い手に持ったグラスをキンッと軽く当て合い乾杯した。 ◇◇◇ こういう感じの悪戯をラルは何度か経験しているのだが、その度にラルはそれを信じ切って行動に移すという純粋すぎる思考の持ち主であり、人を疑うという事を知らない。 そこに付け込んでの悪戯で褒められた事ではないがそれは、その人たちの愛情表現の一つであり、飛び出したラルを復帰させる為に一緒に頭下げたり根回ししたり罰を与えられて賃金なしで空腹と戦う羽目にならない様に差し入れをしたりと、悪戯をするにあたって彼らはしっかりアフターケアを欠かさない。彼らはある意味、ラル取扱いのプロである。 弄り専門で まぁ誇れたものではないが……。 そんな彼らの些細な悪戯(料理長のさじ加減で最悪路頭に迷う結果になるが)が今回の珍事件の発端であり ラル自身の人生を大きく歪める最初の小さな歪みとなる。
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