:月下美人:

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            ◇◇◇ 「……まだ力が欲しいのね……この国は」 薄暗い城の一室。 まるで力のない解れて形を無くしそうな声量で呟いた者は『知らせる』という為だけに作られた美しさや凛々しさの欠片も無い無骨な笛の音を聞いて厚手のカーテンによって遮られているテラスへと歩みを向ける。 朝からやたら騒がしいのは分かっていた。 今日は騎士団への入団試験が行われる日だという事も召使いの会話を耳にしていたので知っている。 だけど、そんな事には興味がない。というよりも、全ての事に関して興味も関心もそして、何の感情も抱かない。 虚ろな瞳のまま、カーテンに手を掛け隙間から攻撃してきた日光に顔を顰めながら、ゆっくりと灰色の目を馴染ませる。 さっきまで寝ていたのだから、視界がぼやけるのは仕方ない事だ。 やっと視界が定まって来て風景が目に飛び込んでくる。 晴天の下、きれいに輝く城の庭。そこから視線を上げて城壁を越えたその先に遠目から見ても分かる活気に溢れる城下町。 そして、起きる切っ掛けを作った無色の笛の音を奏でた広場は目線を少し下にずらせば全体が目に入り込んでくる。 少し遠いが、太陽に反射して光る銀色のものが一か所に集まっている。規律も何もない集まり、あれが入団試験を受けに来た、地位と名誉、そして、金に目が眩んで者達だという事が簡単に見て取れた。 「何も知らず、目先に欲に囚われて……いいように使われるとも知らずに……」 しかし、おそらくあの人数の中から騎士団へ入団できるのはほんの一握りだろう。もしかしたら、ゼロかもしれない。
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