:月下美人:

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嘘をつくにも、もっとマシな嘘があっただろう。 代々家に伝わる物が、鍋。あるのかもしれないが、それを防具と言うのは、無理がある。 そんな嘘は、考える暇なく、ばれてしまう。というか、完全にばれている。 それでも、ラルは持ち主が鍋の事を兜と言い続ける限り、それは鍋ではなく、兜なのである。と、呆れる屁理屈を咄嗟に思い付いた。 だが実際、端から見れば、それはただの 『お金がない、可哀相な子供』 と見られている訳で 可哀相な目で見られる訳で 「分かったから……外せ、それを。重いだろ」 案の定、同情される訳で (え、何? この泣きたくなる様な感じ」 泣きたくなる訳で 「……はい」 最終的に少年の心に大きな傷を付ける結果になった。 鍋を外し、表情を暗くするラル。はぁ、と聞こえないくらい、小さな溜め息を吐く、その姿は、まるで諦めた様に見えなくもない。 「ふむ。何か勘違いしている様だが、鎧着用は本人の自由だ。それで合否を判断する事はない。」 「!」 その言葉は、ラルにとっての助け船となり、数秒もしない内に表情に笑顔が戻った。 それを見た面接官は、楽しむ様に口をニヤつかせ 「まぁ、だが、着けて来た方が印象に残るのは事実だがな。」 わざとそう、呟いた。 「!?」 また、ラルの表情がコロッと代る。 クククッと笑いを堪えるのに必死な面接官は、実際インパクトは今までの奴の中で一番だったが、と思ったりしている。 騎士団の面接に鍋を被って来る者などラルが初めてだろう。 なので、印象的には断トツで一番なのである。 それに面接官は、自分の言葉で表情がコロコロ代る少年が面白くて仕方なかった。 面白いものを見たと、ご満悦の面接官。 久しぶりにいい気分になった面接官は、聞いた。 「なら、武器は包丁で盾は鍋蓋か?」 勿論冗談である。冗談であったのだが 「何故それを!」 ラルは腰から包丁と鍋蓋をスッと驚いた様に取り出した。 面接官の冗談は見事に的中してまい、気まずい雰囲気がテント内を埋め尽くす。 「?」 その空気と唖然とした面接官を見て首を傾げるラル。 何かまずい事をしただろうか。ラルは、兜だけでは、いけない気がしたので持参した包丁と鍋蓋を装備。戦うコックさんと化していた。 「!」 ラルは気付いた。今、自分がこれを調理具だと認めれば全てが終わりだ! そして、表情を正したラルは 「武器と盾です」 と平静と答えた。
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