:月下美人:

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このバカみたいな珍事件は、たった一つの悪戯心から生まれたものだった。 ラル・ウォーレンは元々、城下町の料理屋で働く見習いコックとして日々、懸命に一生懸命働いていた。 身寄りもなく頼る者もいない為、安い賃金でなんとか毎日を生きている感じだった。 ただ表裏の無くいつも明るく所々抜けいる性格のお陰なのか町の人から気に入られていて、ラルの顔を見る為に店に来る常連も居るぐらいだ。 その常連いわく 「ラルの無駄に元気な働きっぷりを見てると不思議とやる気が出てくるんだよなぁ、あと、弄った時の反応がおもろいのなんの」 という事らしい。 本人はその事についていは無自覚なのだが、常に笑顔で全力全開で働く姿は不思議と人を寄せ付けた。 そんな常連客などが顔を揃え、店の中が賑わう夜の時間帯の事だ。 いつも通り元気よく働くラルを常連客が弄っている時、不意に常連客の一人いかにも悪い事してますよー的なオーラが出ている酔っぱらいの男がラルに話し始めた。 「なぁ知ってるかラル、もうすぐ城の方で職務の募集があるそうなんだ」 「職務の募集?」 「あぁ、なんでも腕に自信がある奴を集めて試験をするらしいんだ」 食べ終わった食器などを手際よく片づけながらその酔っぱらいの話を聞くラルはちょっとだけその話に興味をそそられた。 お城で働く事は名誉なことであり、誇れる事。なにより、今平和な時代を築いてくれている所で微力ながらも力になれるなら是非ともやってみたいものだ。 興味ありげな表情を見せるラルを見て、酔っぱらいはニヤリと笑う。 「今回はコックの募集らしいんだ」 ――ガシャッ とその言葉に動揺したラルは積み重ねたお皿を危うく落としそうになった。 目を見開いて口をパクパクと動かし酔っぱらいにその事について詳しく尋ねたい衝動に駆られたラルだが、ふと我に返って周りを見渡す。 ざわざわと賑わうお世辞にも広いとは言えない店内。 慌ただしく怒号が飛び交う明らかに人数不足の厨房。 お店のピーク時にそんなのんびり出来る訳がなかったのだ。 この状態では聞くに聞けない、オーダーも入っているしお客も入ってきた。 「ちょっと待ってて!!」
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