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結局。僕がじゅんこちゃんに会ったのは、あのときが最初で最後になった。
じゅんこちゃんの顎や眼の下についていた小さな傷や痣は、彼女に課せられたトレーニングの厳しさの……証。
自分の脚で立つ為に。自分の脚で歩く為に。
たったそれだけだけれど、いつ必ず出来るようになるとは、誰も断言も保証もしない、出来ない。
だけど、トレーニングをやらなきゃ可能性は、ない。
そんな不確かな希望を、彼女はひたすら信じて、何度も転び、立ち上がり。また……転び。
その度に。彼女の痩せた手足は、彼女を支えきれず、呆気なく崩れ落ちては、その身体を強かに床に壁に打ちつけた。
その度に。歯を食いしばっただけ、流した泪の数だけ、彼女の身体のあちこちに幾つもの努力の印が残された。
……そんな、身体で。
そんな境遇に居ながら、彼女は、僕に微笑んで言ったのだ。
“ご飯、食べられるようになるといいね”
だのに、僕は答えなかった。
どうして……どうして、あのとき、僕は、返さなかったのだろう。
「リハビリ、頑張ってね」
それだけで。たった、その一言で良かった筈だのに。
何故、そんな簡単なことが出来なかったのだろう。
あれから僕は小児病棟を卒業し、なんとか仕事が出来る年齢になった。
今。彼女は……じゅんこちゃんは、どうしているだろうか。
痩せた身体に絡みついてた、あの、冷たい金属製の戒めは外れたろうか。
頑張って、頑張って、傷と痛みで積み重ねた努力に、神様は、御褒美を与えてくだすっただろうか。
自分の脚で歩く。そんなささやかな願いを、彼女は叶えられただろうか。
街が。風が。空気が。数多のものが、静かに鮮やかに染まり替わるこの季節。
頼りなく舞い散る彩りの向こうに、僕は、笑いながら駆け回る少女の影を探さずには、いられない。
Fin
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