プロローグ

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世界が崩壊したというのなら、それはとっくの昔の話だ。 地表には、どこまでも続く、砂漠が広がり、何も在りはしない。 建物も人間も、生物さえも。 ただ、地(ち)と空(くう)が在り、時を感じさせない空間で、昨日と同じように、二つの景色が存在しているだけだった。 何もない、誰もいない筈の世界に、砂漠の流砂に交えて、小さな影が確認できた。 全身をボロ布で覆い、バサバサと靡かせながら、宛もなくさまよっているようだ。 足取りはしっかりしているものの、この流砂だ。飲み込まれれば、ひとたまりもないだろう。 それでも、影は歩き続けていた。 やがて、流砂は収まった。 風も止み、砂が海のように荒れることもなくなった。 すると、先ほどまで見えることのなかった『物』が現れた。 いや、『物』ではない。『人』だ。 ただ、十字架に吊されて、炎天下の中、ぐったりとした様子は、『人』のそれではなく、ただの『物』にしか見えはしない。 その『物』は、吊された状態で、地に俯き、ピクリとも動かなかった。 「見つけたぞ。貴様が『王』に刃向かい、吊しの刑に処された女だな?」 十字架に吊された女の前に、いつの間にやら、影はそこにいた。ボロ布から、少しだけ見え隠れする肌から、無精ひげが見えるところをみると、どうやら男のようだ。 「…誰?あんた」 十字架に吊された女が、自分に問いかけた男に対し、逆に質問した。 「俺か?見て分からないか。地上には、もう俺くらいしか、人間は存在しないと思うが…」 「そうか。なら、お前が『勇者』か?」 「そうだ」 勇者と呼ばれた男は、静かにそう答えた。 風は止み、穏やかになったハズの空間にピリピリとした緊迫した空気が流れる。 「何しに来た。俺の吊された姿を嘲りにでも来たのか?」 女は俯いた状態を崩さずに、勇者に疑問をぶつけた。小さな腕に繋がれた、鎖がジャリジャリと音を立てる。女は俯いてはいたものの、半眼で、勇者を睨みつけていた。 「そうじゃない。むしろ、賞賛しに来たんだ。この世の中に、まだ王に逆らえる人間がいるなんてな。しかも、それが女というなら尚更だ。どんな奴か見たくなったんだよ」 「…よく喋る奴だ。この際だから、言っといてやろう。俺は、ただアイツのやり方が気に入らなかったから、刃向かっただけだ。別に誰のためでも無い!」
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