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「それを聞いて安心した。正義の味方などより、よっぽどいい」
「ふん…」
女が鼻で笑った。
そして、互いに話す言葉を失った。
「アンタが賞賛してくれるのは有り難いが、そろそろ消えてくれ。俺は見せ物じゃない」
「………」
男は何も言わなかった。黙って、女を見つめ、そして口を開いた。
「生きたいか?」
低く、重い物言いだった。布の中から覗く、鋭くつり上がった目が、女の視界に妙に目立って入ってきた。
「…どう言う意味だ?」
女が男に問いただす。男は先ほどより、やや声質を上げて、答えた。
「言葉の通りだ。望むなら、貴様をその忌々しい鎖から解き放ち、解放してもいいと言っているんだ」
勇者と呼ばれた男は、淡々とした物言いで、女に言った。
女は怪訝な顔をしていた。何故、自分にそこまでする義理があるのか、疑問に感じて仕方なかった。
だが、女の答えは最初から決まっていた。だから、その疑問も別に言うこともないなと思った。
「…生きることはもう沢山だ。望めるなら、私を『人形』にしてくれ」
勇者と呼ばれた男は、少し驚いた素振りをみせたが、また表情を隠し、黙り込んだ。そして、女に疑問を投げかけた。
「その意味がどういうコトか分かっているのか?」
勇者は、ボロ布に表情を隠したまま、女に問いただす。女は、首を縦にふり、薄く笑った。
「あぁ…」
「そうか。ならば、俺の目的に付き合ってもらうぞ」
そう言って、勇者は人差し指を女に向かって、突き出した。人差し指の先が、薄い黄色い光に包まれた。
「お前は、面白い奴だ。世界に絶望し、世界に刃向かい、今、十字架に吊されているというのに、絶望の原因である『人形』になりたがるのだからな」
「『殺してくれ』とでも言うことを期待していたのか?」
「…いや」
瞬間、太陽の光とはまた違う、それこそ黄金色よりも更に明るい光が、砂漠の辺り一面を包み込んだ。
光は、砂漠一面を征服したあと、スゥっと消えて、元の砂漠が姿を表した。
その時には、十字架と二つの影は姿を消していた。
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