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「ししょお~」
その声は、あまりにも幼かった。
「『ししょお』じゃない。『師匠(マスター)』と呼べ。いつも言ってるだろう」
そして、声を制するように言った男は、全身をボロ布で覆った奇妙な男だった。
周囲から見れば、奇怪ではあるものの、親子と誰もが疑わないだろう。
「だって、マスターもししょおも同じだもん。どっちだっていいじゃあん」
「そういう問題じゃない!」
『ししょお』と呼ばれた男は、まだあどけない声の子に、そう制した。その子は、納得いかないという顔で『ししょお』を見つめていた。
「そんなに見るな。もう分かったから」
『ししょお』は面倒臭くなったのか、手を振り、その子の相手を極力しないよう努めた。
彼らは、人が行き交う歩道の上を、宛もなくさまよっていた。
道行く人も、チラリと彼らの方に横目をやるも、興味を持つ者はいない。それぞれに、それぞれの世界があるようで、本を読みながら歩く者、電話を片手に話しながら歩く者、ブツブツと独り言にいそしんでいる者と様々だった。
「はやぁ~…。何かこの前来た街と違うなぁ~」
幼い声の子が、率直な感想を述べた。
「あぁ。『上』には、お前と同じような奴しかいない。ココは、『上』とは違うからな」
『ししょお』の言う『上』とは、外の世界、つまり地上の世界のことを示していた。そして、彼らが今いる世界は、地上から、何百メートルも下に作られた地下の世界。人々はそれを『アンダーグラウンド(地下の世界)』と呼んでいた。
「ししょお~。質問です!何で、あの人達は口を曲げたり、必要以上に目を大きく開いたりしてるんですかぁ!?私は、力の無駄使いだと思いますぅ」
幼い子は、ヘラヘラ笑いなら、『ししょお』にそう言った。『ししょお』は、ボロ布から、褐色の肌を覗かせながら、感情を押し殺したように淡々と話す。
「あれは、お前にはない『物』だ。無駄な事は考えるな。お前は目的を果たすことだけを考えればいい」
「はーい」
幼い子は、『ししょお』の話に納得したのか、それ以上は何も言わなくなった。
「行くぞ」
そして、彼らは、人ごみの中に消えていった。
「父ちゃん」
少年は、誰もいない部屋の中で、言った。
部屋は薄暗く、テーブルと椅子、それに小さな暖炉以外は何もない。
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