聖母

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夕日に彩られていた筈の校舎は いつしか記憶の中でセピア色に塗り替えられ 時折夢に蘇っては甘酸っぱい苦笑いを 既に己を癒す事に匙を投げた頭の中に齎しては 多少残っているであろう人間らしい心を確認させてくれる 思い出す場面はだいたい決まっていて 誰か 名前を呼ばれた女の子が 公民の教科書を朗読していて たしか 内容はサリドマイド事件を延々と繰り返すものだった 投薬を敢えて受けた 偉大なる母 は 今でも僕の中で聖母として奉られている 生体実験者の汚名もあれど 我が子を贄とし 彼女以降の妊婦達と それに連なる子々孫々を守ったのだからね 露出した脳に針を刺され瞼を切り取られた目に毒物を塗られる 動物実験を見て見ぬふりしながら ヒューマニズムを語る奴は とっとと子宮か押し入れの中へ戻って寝てしまえばいいのだ
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