第1章 炎を纏った少年

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「まず始めに、お前は今日限りをもって卒業とする。もう道場に通わずともよい。  お前に天神一刀流の免許皆伝を許す。二つ目に、お前は私よりも強い師を探すのだ。お前の器はこんな二流の剣士に教わるような小さなものではない。  まだまだ腕は上達する。さらに高みを目指せ。今の世に、もはや剣は不要のものとなってしまった。  だが剣を使う心だけは忘れてはならない。弱者を守り、悪者を斬る。  それが我が流派の奥義だ。それを肝に銘じ、さらに日々精進するが良い……」  静かに喋っていく天神の顔は、厳しさの中に寂しさも見えた。 「そんな! 俺はまだこの道場で――」 「口答えは許さんと言ったはずだ!」  思わず反論してしまった弘樹に天神が一喝する。まるで蛇に睨まれたカエルのように、弘樹は小さくなって黙り込んだ。その目には自然と涙が溢れている。 「もう、帰りなさい。さらばだ」  この一言以来、天神はもう口を開かずに弘樹から目を背けた。  もはや黙って出て行くしかない。弘樹は一度だけ深々と礼をして部屋を出ると、一部始終を外で聞いていた梅子夫人が寂しげに笑いながら免許皆伝の賞状を差し出してきた。  弘樹は涙を堪えながら賞状を受け取る。 「お世話に、なりました」 「元気でね。お手紙書くから」  夫人は門まで見送ってくれた。背後で姿が見えなくなるまで小さく手を振っており、弘樹は決して振り向くことなくバス停に向かって歩み続ける。  卒業だって? あれじゃ殆ど破門と変わりないじゃないか! まだ俺は師範を越えたわけじゃない。  たしかに最近師範と立ち合うと、師範は額に汗を流すようになった。だけどそれは歳の所為もあるはずだ。  決して自分の実力じゃない。  それに師範よりも強い剣士がこの町にいるわけがない。これから、どうすればいいのだろう?  唯一の生きがいを失った気がした。幼い頃から通い続けて、長年仕えてきた師に突き放された思いが弘樹の心を憂鬱にさせ、気がついたらもう自宅の前に立っていた。  バスに乗ってからの記憶が曖昧で思い出せない。さぞ情けない顔をしていたのだろうと、苦虫を噛み潰したような顔をして自宅に入る。 「あら、おかえりなさい…………何かあったの?」  ちょうど夕飯の仕度をしていた母親が迎えたが、普段とはまったく違う雰囲気に何かを悟る。
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