第1章 炎を纏った少年

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 ついでに、一年生の佐藤が使っている道着の帯がだらしなく棚から垂れ下がっていたのでキチンと結って仕舞っておいた。 ――さて、今朝は適当に顧問特製の等身大藁人形に打ち込む程度にしておこう。  倉庫から藁人形が括りつけられた棒を取り出し、麻袋から愛用の竹刀を取り出す。  構えは居合い。  静かに目を閉じ、息を整えて神経を研ぎ澄ませる。心を波一つない水面のようにするのがコツだ。  余計な雑念は一切合財取っ払う。人其れを、明鏡止水という。 「天神一刀流……一乃斬り―――」  柄を握る指が微かに動き、一瞬にして横一線に振るわれた竹刀が藁人形の胴を薙ぎ払い、人形の腹部が破裂して藁の花が咲いた。  また、飛び散った藁の破片や埃が宙に舞い、朝の光を反射してまるで昼の天の川のように見える。  調子は上々。本当なら二乃斬りまでやりたかったが時間が押しているので、竹刀を袋に仕舞って藁人形を片付け、道場から出た。 時刻は八時ジャストだ。まだ教室に行っても人は少ないだろうから、今のうちに一番乗りの優越感を楽しむのも悪くない。  静かだ……誰もいない教室というのは、何だか少し寂しさが漂っている。  こうして早起きして静かな優越感に浸るのも別に悪くないな――と思っていると、何やら廊下が急に慌しくなった。誰かが廊下を駆け抜けているような足音が聞こえる。 「誰だ? せっかく静けさに包まれていたのにそれを邪魔すんのは」  一体誰が騒いでいるのかと廊下に顔を出した瞬間――。 「ひゃぅぅううう!」 「どわぁああ!」  目の前に紅い髪が見えたかと思うと、突然胸の辺りに衝撃が走って思い切り背中から倒れた。  体の上には走ってきた誰かが乗っかっている。 「いっつ~、誰だよ。廊下を走ってくる不届き者は」  打ち付けた後頭部を擦りながら頭を上げると、自分の腹の上には何処かで見た紅髪の少女が目を回しているではないか!  一日ぶりの再会に弘樹は開いた口が塞がらないが、このままでは結構しんどいので静かに少女の肩を揺らす。 「おい、起きろ」 「うぅん……はっ! すすす、すみません!」
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