第1章 炎を纏った少年

19/19
9515人が本棚に入れています
本棚に追加
/908ページ
「待て待て、俺はまだ行くとは言ってないぞ? そんなに喜ばれても困るんだけど」 「え? 来てくれるんじゃないんですか?」 「まだ決心がつかないんだ。正直、俺はこの世界から離れたくない。家族も友人もいるんだ。それにまだ心の準備だって――」  出来てないし。  そう言いかけたとき、ふとキヌアの顔を見たら、彼女は目に大粒の涙を溜めて今にも決壊しそうになっているではないか。  思わず口を噤んでしまう。思えば、これがトドメだったのかもしれない。 「ど、どうしたんだよ?」 「うぅ……だ、だって……もしもこのまま手ぶらで帰ったら……わたし……国中の人の期待を……裏切っちゃうんですよ? そうなったら……もう……お日様の下を……歩けなくなりますよぉ」 「うっ」  なんだ、この罪悪感というか後味の悪さは。まるで自分が悪者のようではないか。  昔から誰かが泣きそうになったりすると放っておけないのが弘樹の長所であり、短所でもある。  今回はそのどちらとも言えないが、軽く溜息を吐いて弘樹はポケットからハンカチを取り出してキヌアに差し出した。 「分かったよ。とりあえず涙を拭け。その宝石で本当に異世界に行けるんなら、行ってもいい。だけどもう少し待ってくれ。こっちにだって家族もいれば生活だって――」    こればかりは譲れないと彼女に言い聞かせようとしたとき、先ほどまで俯いていたキヌアが急に顔を上げて、宝石を持っていた手を振り上げた。 「ええい、こうなったら問答無用です! お涙頂戴作戦なんて考えたわたしが間違っていました!」  キヌアが腕を振り下ろし、宝石を地面に叩きつけると、何かがパキンと割れる音が響き渡って……文字通り、大地が裂けた。  裂け目から青白い光が弘樹の眼を眩ませ、腕で顔を守っていると、彼女の小さな手が弘樹の身体を引く。 「さあ、行きましょう。わたしたちの世界へ……」  裂け目に足を踏み入れると徐々に身体が沈んでいき、光が消えたとき、公園に二人の姿はどこにも無かった。  
/908ページ

最初のコメントを投稿しよう!