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形勢不利と見た間者は、懐の中から黒い球体を取り出し、地面に向けて投げつけると、猛烈な黒煙が巻き上がってメイスの視界を遮った。
「っ……煙幕ですか。これはまた、派手なものを使いますね」
手の甲で鼻を覆うメイスは、こちらに殺気が向けられないのを感じ取り、あまり警戒はしない。
間者は黒煙の闇に紛れて、城の屋根から逃げたようだ。
煙が晴れ、メイスは夜空に浮かぶ月を眺めながら溜息を吐いた。
「ふぅ……まったく、どうなっても知りませんよ?
私はちゃんと警告したのですから。後は……彼に任せましょうか」
メイスは白いマントを翻し、城の中へ戻っていった。
一方、月が雲に隠れたことをいいことに、間者は真っ直ぐ山を降りるために魔法陣の祠へ向かう。
屋根から屋根へと飛び移り、後は祠へと走る。
しかし……祠のすぐ手前から、凄まじい殺気が放たれていることに気がついた間者はその足を止める。
雪銀城に少し強い風が吹き、月を隠していた雲が流れ、その白い光が祠の前に立ち塞がっている漆黒の剣士を映し出した。
「ここは……通さん」
ヴェルディンが刀の柄に手を掛けると、間者もカギヅメを構える。
忍びとはいえ誇り高き帝国の人間……一度勝負を挑まれれば、断ることは出来ない。
「推して参る!」
両手のカギヅメを胸元で交差させ、間者は月を背景に大きく跳躍した。
まるで鳥のように両腕を広げ、ヴェルディンに向かって飛び掛かる。
対してヴェルディンは、静かに刀を鞘から抜き始めた。
「出でよ……銘刀『月牙』!」
鞘から現れた月牙は、月の光を反射して淡い紫の光を放ち、ヴェルディンは柄を両手で持って腰を低くする。
「秘剣……」
月牙の刃が月光を反射し、間者の目を一瞬眩ませる。
そして、落下してくる間者に、月牙の刃が振るわれた。
「紫電壱閃!」
雷光の如く振るわれた刃は、カギヅメごと間者のわき腹を切り裂き、その美しい刀身を紅に染め上げた。
大量出血によって急激に力が抜けていく間者は、力なく地面に倒れる。
「……お見事――」
掠れた声で呟いた間者は、そのまま目を閉じた。
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