第19章 黄色い花園

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 弘樹らが海岸線にたどり着いたのは、ちょうど午前九時を過ぎたころであった。  流石にブレストの馬は足が速く、弘樹自身もここまで早く到着するとは思っていなかった。さて、海岸線には、既に到着していたヴェルディンを乗せた軍船が一隻停泊している。  ブレスト艦隊から迎えに回されたのだろう。  すぐに乗船し、艦長に手短に挨拶を済ませて船は出発した。  涼しい潮風と朝日に包まれながら、弘樹たちは甲板に寝転がって、暫し休息に入る。  トタクとの激しい戦いの後、休む間もなく早馬を飛ばしたのだから無理もない。  一方、ヴェルディンは腕を組んだまま水平線の彼方を眺めている。その心中で何を考えているのかは分からないが、少なくとも、穏やかでないことは確かだ。  弘樹は少し顔を上げて、師の背中を見つめた。  ――師匠も疲れているだろうに……なぜそこまで平静でいられるんだろうか? あそこまで強くなると、そういうものなのだろうか? 「…………どうした?」  弘樹の視線に気がついたヴェルディンは、振り向かずに聞いた。 「いえ……別に」 「…………俺は……ただ剣を握るために生きてきた。幼き頃は修行に明け暮れ……この年になって尚……この刀と共にある。それ以外の生き方を……俺は知らん。いや……もしかすると……俺自身が剣なのかもしれん。ゆえに……どんなに人を斬ろうと……何の感傷も無いのだろう…………」  かなり遠まわしであるが、ヴェルディンは弘樹の疑問に答えた。  ただ剣と共に生きてきた師の言葉に、弘樹は暫し絶句する。  ――ただ……剣のために生きる…………そんな人生を師匠は送ってきたのか。そこに楽しいことはあったのだろうか? 悲しいことはあったのだろうか? これから、それ以外の生き方を知ることはあるのだろうか……いや、やめよう。俺がどうこう言えることじゃない。  弘樹は大きく四肢を伸ばして立ち上がり、師と共に水平線の彼方を眺めた。  船が艦隊と合流したのは、正午を過ぎたころ。  旗艦カルディオンに乗り込んだヴェルディンは、すぐに弘樹らを引き連れて会議室に乗り込み、バルトスを始めとした両軍の将たちが話し込んでいたところに割り込む。
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