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時間は少し遡り、弘樹達が砂漠に入った頃、カルナイン艦隊は王国本土にたどり着いていた。甲板に立って近づいてくる軍港を眺めるヴェルディンは、隣に並んできたメイスを無視する。
「……目くらい向けたらどうなのですか? 無愛想ですね。分かってはいましたが」
「…………部屋に戻る」
黒いマントを翻し、ヴェルディンが踵を返すと、鼻眼鏡を押し上げながらメイスが溜息混じりに呟いた。
「いつまで、そうやって自分の闇を抱き続ける気ですか?」
「……貴様」
ヴェルディンは怒気を発しながら、メイスの胸倉を掴んだ。
「俺は……貴様のように……割り切れんのだ」
「割り切ろうとしないだけでしょう。でなければ、下手をすれば貴方もトタクのように闇に飲まれることになりますよ?」
「…………」
胸倉から手を離したヴェルディンは、吐き捨てるように言った。
「俺はもう……飲まれている」
彼は振り向くことなく階段を下り、自室に入った。
静かに扉を閉じて、殺風景な部屋の中に一つ置かれたベッドに腰かける。
相変わらず漆黒の鎧はつけたままだ。月牙を壁に立てかけ、体に船の揺れを感じつつ棚に置かれていた梅干しの小瓶を取る。
中には、まだ幾つもの紅い梅干しが残っていた。
その中の一つを摘まんで口に放り込む。
程よい酸味が口の中に広がった。以前まで酸味は……いや、梅は苦手だったのだが、姫君に勧められてからは食べられるようになっていた。
種ごと梅干しを飲み込んだヴェルディンは、暫し小瓶の中にのこされた梅を見て嘆息する……。
――俺は…………強くなったのだろうか?
小瓶を握る手に力が籠り、彼は目を閉じた。
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