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「朋成に闇はない?」
紗弥乃は大きな澄んだ目で、俺をまっすぐに見つめた。
「紗弥乃の言うような闇は、ないよ」
「違う闇があるの?」
こんなとき、彼女はいつも目をそらさない。
俺の母親は、昔からよく家を空けた。
というよりほとんど家にはいなかった。
たまに五千円札がテーブルに載せられていて、それが当面の食費だ。
次にいつもらえるのかわからない不安の中で、買うのはいつも30円のもやしだった。
俺の身体の半分くらいは、おそらくもやしにより つくられている。
でも、それが孤独につながるかといえば、そうでもない。
「ないよ。いたって普通」
それを養うのには絶好の環境で、生まれなかった孤独感は健全の証だろうか。
「あたしは、何を怖がってるんだろう。
何に支配されてるんだろう」
ふっと視線を外した紗弥乃が、気を抜いた顔でつぶやいた。
「みんな自分ではどうにもならない何かに支配されながら、生きてるのかもしれないよ。
その何かは、人によって種類も質も違うんだろうけど」
紗弥乃は、再びくるりと俺に向かい合った。
細い腕がスッとのびる。
あたたかな体温が、俺をやわらかく包み込む。
紗弥乃の体温や圧力は いつだって、他のどんなものよりも心地よかった。
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