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「…はぁ、はぁっ、うっ!」
げほげほとむせ返りながら、床に勢いよく座り込む。疲れた…。
ダニエルは視聴覚室にいた。
なにやら今日は職員会議があるらしい。
その資料を運んでいたのだ。
「…貧弱ですね。」
資料を運び終えた四音が溜息混じりに言った。
彼はもともとお小言が得意なので、説教をしだしたら長くなる。
だから関わりたがる生徒が少ないのだが。
「そんな体力では、兵士などとうてい無理ですよ。もっと体力つけなさい。」
資料を整理しながらダニエルに説教する。
「…僕は、兵士じゃないですよ~。」
まだ回復しきれないまま、彼の説教に反論してみる。
それを聞いて、四音は少し驚いたようだった。
それもそうだ。
この学園にいる生徒のほとんどは、兵士希望なのだ。
「では…何を希望しているのです?」
資料を整理する手を止めて、ダニエルのほうを振り返った。
そういえば、さっき階段を上がっているときに、鐘が鳴るのが聞こえた。
見る限り、彼には聞こえなかったらしい。
もう授業は始まっている。
だが、まだ話をしていたい。
神経質な彼が、授業が始まっていると知ったら、すぐに話は終わってしまうだろう。
「僕は事務を希望してるんです。」
自分の憧れは今、目の前にいる。
四音はさらに驚いていた。
事務など地味な仕事を希望している人を、多分初めて見たのだろう。
目を泳がせて、何か考えている。
「僕は、じむちょーさんみたいな事務になりたいんです。」
その言葉を聞いて、四音の目は止まった。
ダニエルをいつものしっとりとした目で見つめる。
「貴方は馬鹿ですね。」
そういって。
「とんだお馬鹿さんです。」
珍しく笑った。
恥ずかしそうにクスクスと。
「…じむちょーさんて…。」
ダニエルも顔の力が抜けた。
「笑うんですね…。」
べつに笑っているのを見たことがないのではない。
だが、見たことがあるのは愛想笑いで、こんなふうに自然な笑顔は初めてだった。
「笑いますよ、私だって。」
その笑顔は、紛れも無くダニエルに向けられたものだった。
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