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俺自身びっくりの長い混乱思考を破ったのは、鋭く光る刃物だった。
……奴が動き出したのだ。
夕陽に染まる児童公園で、俺は奴と追いかけっこをしていた。
とっくに息は切れていて、邪魔くさくなったマフラーは道端に捨てた。
バーゲンセールのついでに買ってきてくれた母さんには悪いが、俺の命には代えられまい。
『だって奴は、俺を本気で殺すつもりだったから』
滑り台を互いの中間に挟んでしばらく対峙していたが、ついに奴から仕掛けてきやがった。
スーツを身に纏う男は、妖しげに笑う。
夕陽に煌めいた。
刃渡り20センチほどの、殺傷力ありげなギザギザのナイフが俺に迫る。
言うまでもなく、奴が動きを見せた瞬間にまた俺は駆け出す。
遅刻しそうな朝でさえ本気で走ったこともないのに、今俺は本気の本気で走っている。
全身の血液がまるで煮えたぎるようだった。
しかし背後を駆ける奴の足音が、足を止めることを許さない。
激しい鼓動が俺を襲う。とっくのとうに疲れ切ってる俺の四肢が、とうとう軋み始める。
(もう、だめかもな)
馬鹿みたいな運動量の所為だけじゃない。
立ち止まったら終わり。
ジエンドオブマイライフ。
生まれて初めて感じる命の危機。精神圧迫で脳味噌が潰れちゃいそう。
もうしばらくすれば俺は滅茶苦茶に切り裂かれ、明日の四面トップ記事を飾るだろう。満足だろ、イカレ切り裂き魔め。
そして情けねー俺という1人の男の終焉に、何人が涙する?
平凡だった俺という男子高校生に、どんな悲嘆の句をアナウンサーたちが並べ立てる?
ああ、きっとどうでもいいことだな。
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