欲した言葉

2/8
507人が本棚に入れています
本棚に追加
/457ページ
  ルーラがトールと話している正にその時、カイはというと、裏で木に取り付けてある的へ矢を放っていた。   的には既に4本の矢が、全てど真ん中に刺さっている。   村一番の弓の名手と呼ばれたカイは、幾度となく狩に連れ出された。   無論カイがいれば、必ず獲物を持ち帰ることが出来るからだ。   貧しい村の人間にとって、狩で仕留めた獲物は貴重な食料。   その日を生き抜くための大切な糧なのだ。   そんな貧しい村だからこそ、皆暖かいのだとカイは思う。   村の誰かが困っていれば、村全体を挙げてその人を援護する。   貧しい中にも暖かな心を持ったこの村が、口には出さないもののカイは大好きだった。   だから、このままでいい。 このままがいいんだ。   もう、辛いあの生活に戻るのは嫌だ。   5本目の矢を放つと、先の4本と同じど真ん中にしっかりと刺さった。   すると、思わぬ所から拍手が聞こえた。   その音に振り向くと、さっきまでは誰もいなかった家壁の前に、レイが立っていた。     「凄いな、お前。 いつの間に弓が射てるようになったんだ。 マーサにでも、教えてもらったのか?」   「……何しに来やがった」     威嚇的な態度に、レイは苦笑しながら肩を竦めた。     「何しにって……、迎えに来たに決まっているだろう」   「……帰らねぇっつってんだろ。しつこいんだよ、テメェは」   「本当にそれでいいのか?」     額に浮かんだ汗が、木漏れ日に照らされ光る。   二人の間に沈黙が流れた。  
/457ページ

最初のコメントを投稿しよう!