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ルーラがトールと話している正にその時、カイはというと、裏で木に取り付けてある的へ矢を放っていた。
的には既に4本の矢が、全てど真ん中に刺さっている。
村一番の弓の名手と呼ばれたカイは、幾度となく狩に連れ出された。
無論カイがいれば、必ず獲物を持ち帰ることが出来るからだ。
貧しい村の人間にとって、狩で仕留めた獲物は貴重な食料。
その日を生き抜くための大切な糧なのだ。
そんな貧しい村だからこそ、皆暖かいのだとカイは思う。
村の誰かが困っていれば、村全体を挙げてその人を援護する。
貧しい中にも暖かな心を持ったこの村が、口には出さないもののカイは大好きだった。
だから、このままでいい。
このままがいいんだ。
もう、辛いあの生活に戻るのは嫌だ。
5本目の矢を放つと、先の4本と同じど真ん中にしっかりと刺さった。
すると、思わぬ所から拍手が聞こえた。
その音に振り向くと、さっきまでは誰もいなかった家壁の前に、レイが立っていた。
「凄いな、お前。
いつの間に弓が射てるようになったんだ。
マーサにでも、教えてもらったのか?」
「……何しに来やがった」
威嚇的な態度に、レイは苦笑しながら肩を竦めた。
「何しにって……、迎えに来たに決まっているだろう」
「……帰らねぇっつってんだろ。しつこいんだよ、テメェは」
「本当にそれでいいのか?」
額に浮かんだ汗が、木漏れ日に照らされ光る。
二人の間に沈黙が流れた。
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