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暗闇が視界いっぱいに広がる。完全な闇というわけでもないから、何人もの人間が動いているのが見えた。
だが、暗闇に目を慣らしてはいけない。これから、明るい空間へ飛び込むのだから。
本当ならば聞こえているだろう大勢の人の声が、全くと云っていいほど耳に入らない。ただ、バクバクと心臓の飛び跳ねる音だけがあった。
合図だろう、右手の方にいた男性が手をあげる。息を大きく吸い、肺に酸素を満たす。大丈夫、と自分に言い聞かせるのも忘れない。俯けていた顔をゆっくりと上げた。
――後は、自分だけだ。
チャリ、と音を発てるアクセサリーが、唯一現実味を帯びていた。しっかりと足を前に出し、明るい世界へと近付く。
と、同時にはっきりと耳に伝わるようになった音が、手足に震えを呼び起こした。遠い世界のような現実が、後から後から押し寄せてくる。
ふ、と頭に思い浮かんだ笑顔が、俺の背を強く押した。嗚呼、そうだ。元々はあの笑顔のためだった。
それから次々と色んな映像が駆け巡った。そう、始まりのあの時――俺の途が変わったあの時のことも。
口元にうっすらと笑みをたたえ、俺は光り輝く世界へと確かに足を踏み入れた。
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