新たな日常

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「コウガさーん!もうすぐ開店の時間ですよー」  少し離れた所にいる彼女からの声に、了解と言い額の汗を拭った。じわりと背中にまで湿った感触を感じ、慣れてもこれはな、と嘆息する。  二年。恐らく、それぐらいの月日が経っているだろう。彼女と出会ってから。――此の店に、足を踏み入れてから。  大した自己紹介もしないまま。何故あんなところにいたのかも聞かれずに、俺は此処まで連れてこられた。 最初の問いに口ごもる様を見せたせいか、それから彼女は一切そこに触れない。 『…理由なんて、なんでもいいですね。取り敢えず、風邪引いちゃいますから…』  来てください。おどおどした態度だった筈なのに、いつの間にやらしかと此方を見据え。力強い光の点されたその目に釣られ、つい手を取ってしまった。  自分の手を捕まれ、ずんずんと先へ進む勇ましさにやや呆気に取られながらも、それを外そうとは思わなかった。外す理由が無かったのもあるが、外してほしくなかったのだと今更ながら思う。 『此処です』  そう言われ、離された手に。不本意ながら空虚感を抱いたのだから。 「コウガさん!ぼーっとしない!!」  と、視界を手が上下する。そうだ、俺はこの手に…。と、そこまで考えてからハッとした。 「…悪い」  彼女の声により戻された意識は、自分が回想していたのだと伝えてくる。こんな風に当初も注意されたものだった。 「全く…そう言うのはぜんっぜん変わらないですねぇ…」  腰に手を当て胸を反らす彼女に、苦笑が漏れる。彼女を見る自身の視界は、随分高くなってしまったものだとふと感じたのはいつだったか。彼女は彼女で昔を思い出したのだろう、口元を小さく緩めていた。 「身体だけはこーんなに大きくなっちゃったんですもんねー…」  そこに含まれる羨望に、小さく笑う。それに気付いたか、ムッと唇を突き出す彼女に慌てて手を振った。 「だって、俺のは明らかに伸びすぎだろ?鈴がこんなのになったら、マスターがなんて言うか…」  まあそれもそうですねと笑う彼女に、なんとか誤魔化せたと息を吐いた。  そろそろ開けてもいいかい、と聞こえてきた渋味のある声に、慌てて水拭きを再開する俺に、彼女が口調!と指摘して心臓が縮む五秒前の話。  
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