壱ノ華 『月下』

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刹那、爆風が来た。自分を中心 に、敵が四方八方に吹き飛ばさ れる。 ……いや、爆風ではない。敵は 皆、鞘に収まったままの刀に殴 り飛ばされたのだ。 二十もの打撃を与えた鞘が、扱 いが不本意だと言わんばかりに、 みしりと嫌な音を立てるのが聞 こえた。 ふと前を見れば、自分のすぐ近 くに人影がある。つい数秒前ま では存在しなかったそれは、自 分と同じような袴姿の男だった。 右手で刀を握り締め、敵を殴り 終わったままの姿勢で片膝を地 面についている。 こちらからは顔が見えないが、 短い漆黒の髪といい、濃紺の刀 といい、それは紛れもなく、今 し方名を呼んだ自分の従者であ った。 彼は一度立ち上がり、こちらを 振り向いたかと思うと、実に自 然な動作で跪いた。 「……お呼びですか、  章澄〔あきずみ〕様」 相変わらず従順な奴だ。状況を 見れば、何故呼び寄せたかなど 一目瞭然。しかし、俺の命が下 るまでは決して動かないのだ。 そういう男だからこそ、信頼で きる。 「薙ぎ払え、右京」 感情を微塵も混ぜず、淡々と言 う。すると右京は頭を垂れたま まで。 「御意」 そのよく通る声で、たった一言 だけ応えた。寡黙なのはいいこ とだ。 .
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