あの人が私を呼ぶ声

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「ひとみ…お願いがあるんだけど」 悠一郎が`それ'を差し出してきたのはパリ異動が決まったときとほぼ同時だった。 「え、無理よ」 私はすぐに断った。 「だって、悠一郎も知ってるでしょ? 私来年からパリに行くの。こんなものにサインできないわ」 「お願いっ、この通りだ!」 19才のときから6年間付き合ってきている悠一郎。 大学時代の学業やサークルの楽しさも、就活のつらさも、働き始めてからの充実感も、全て全て共有してきた悠一郎。 その彼がこんなに頭を下げてきたのは初めてだった。 「…なんでお金が必要なの?」 借金の連帯保証人…。 そんなものになんて、なれない。 けど心のどこかに、しばらく会えなくなる悠一郎のために何かしてあげたいという気持ちがあった。 「実は…妹がレイプにあってエイズになっちゃったんだ。治療のためのお金がどうしても必要で…。お願い、ひとみ。ひとみに迷惑はかけないから」 涙ながらにそう言われて、断り続けられる訳ないじゃない…。 私は`それ'にサインしてしまった。
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