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「わかったよ……」
しばしの沈黙の後、千秋は決断の一言を口にした。
「『千秋修平』の人生はお前にくれてやる」
瞬間、隆也は思わず身体を離して千秋の肩をつかんだ。
「……っ!。い、今なんて言ったんすかッ?」
「二度と言わねぇ」
口をぱくぱくさせている隆也にそう言って一瞥くれてやると、千秋は踵を返す。
「千秋さんっ!も、もう一回だけ…ッ」
慌てて追いすがる隆也の様子がおかしくて、少しいじめてやりたい気持ちになる。
(やっぱりこいつ、おもしれぇ…)
肩で笑いを堪えながら、千秋は爆笑している。
「仰木高耶」といるときもこんな感じだったかもしれない。
何も覚えていないあいつに腹が立ったときもあったが、「全てを忘れた」あいつに、安堵していた部分もある。
もっとも、これについては直江の方が強い気持ちだっただろうが……。
付き合いが長くなりすぎると人間しがらみが増えてくるから、400年も生きた俺たちのそれは、よほどのものだっただろう。典型はあいつら二人。
景虎が記憶を無くしてくれたおかげで、一時的にそのしがらみなしでの付き合いができた。
この点直江に感謝するべきか……。
苦しんだだろうが、結果があれなら、そのための試練とでも、今となっては言える。
「納得」と言えば聞こえは良いが、結局当人たちが出した答えを周りがどうこう言えるわけはなく、本当はどんな結果であれ、受け入れざるを得なかったものなのだ。
たぶん、隆也は知っている。
世の中には、自分が何をしても、どうにもならないことがあることを。
現に隆也の妹も、武藤潮も、景虎も、いまはこの世界にいない。
確かにどうにかしたくても、どうにもならないことはある。だけどこいつは最初から諦めたりはしない。
景虎も、たぶん隆也がそういう人間だと知っていたから、希望を託したのだろう。
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