始まりの予感

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「仰木のこと、好きだったんですね」 隆也がそう言うと、千秋は小さく笑った。 「直江じゃあるまいし……」 しかし完全な否定はしない。好意を持っていたのは事実だ。それを否定はしない。 恋なんて優しいものでもなく、ただ安田長秀として上杉景虎を、千秋修平として仰木高耶を、愛していたのだろう。直江のそれとは別の形で。 仮にも400年、共に過ごしてきた存在だ。失って平静でいられるほど修羅でもなく、自分もまだ人であったのだと、あのときそう感じた。 それから少し、ほっとした。 一度は自身の死すら覚悟した自分が、彼の最期を見届けることができた。 そして彼らの出した答えに納得し、受け入れたのだ。 「ある意味じゃ、報われてんのか…」 愛の形は人それぞれで、少なくとも自分は、彼らに幸せになって欲しいと望んでいたのだと思う。 こんなんだから”いい人”呼ばわりされてしまうのだろうが。 「仰木は幸せだったと思いますよ」 隆也は言う。 「千秋さんたちに比べたら、付き合いなんか無いに等しい俺がいうのもなんですけど。あいつはあいつが望んだ通り、一番好きな人に看取られて逝ったんだから。あいつが精一杯生きたってわかってるから、直江さんもあの答えを選んだんでしょう?後悔はないんだって知ってるから、だから千秋さんも、納得したんじゃないんすか?」 知ったような口をきく。 それでも当たっているから仕方ない。 「……正直救われてる。お前に」 ため息混じりに千秋がそういうと、隆也はかすかに目を見開いた。 「別に400年も生きてきて、今更寂しいだのなんだの言いたかねぇけど、けっこう気が紛れんだよ、お前といると」 そう言っておいて、自分の言葉に後悔したのか、千秋は取り繕うように背中を向けて頭を掻いた。 「あ~…、今のは無しだ。忘れろ」 隆也は思わず吹き出した。 「笑うな!」 千秋は憤慨したが、隆也は嬉しくてたまらなかった。 「忘れません、絶対に」 何か言ってやろうと振り返った千秋を、隆也は抱きしめた。 こんなに素直な千秋修平の言葉を聞いたのは初めてだった。 二年間傍にいて、自分はどう思われているのか疑問があった。正直不安だった。 その不安を打ち砕く言葉に、思わず目頭が熱くなった。 「お、お前、まさか泣いてんじゃねえだろうな…ッ?!」 慌てたように顔をのぞき込もうとする千秋だが、隆也は離そうとしない。 「おい……」 千秋は困惑している。 (まいったな……)
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