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「ねえ、綾瀬君」
講義室を出ると、文倉が声をかけてきた。
「何かな」
「その事件について貴方はどう思う?」
「その事件というと、スクープアイのことかな」
「ええ、もちろん。何か感じることはないかしら?」
「特には。犯人が異常者だとは感じるけどね」
「……本当に、ただそれだけ?」
無難な感想を挙げたものの、彼女は不満げに問いを重ねてきた。
「ああ。文倉さんならほかに何を感じるんだ?」
この質問を投げかけた瞬間、彼女の纏っている空気が一変したように感じた。
「そうね……畏怖と憧憬かしら」
彼女は冷たい笑みを浮かべながらそういった。
この笑みには違和感を感じない。
「常識人ぶるのはやめない?あなたも私と同じ立場なら同じことを感じているはずよ」
まるで僕の心を見透かしているように、確信めいた口調で彼女は言った。
「あなたは普通を演じようとしてるけれど、私には分かる。私も貴方もある種のパラノイアなのよ」
「君の普段の態度はやっぱりカモフラージュだったんだね」
「カモフラージュかどうかは分からないけれど、演じている意識はないわね。無意識よ」
「無意識だろうと本性を隠しているならばそれはカモフラージュだよ。それで、僕に接触してきたのはどうしてなのかな」
「以前見掛けたあなたはある殺人鬼の自伝を楽しそうに読んでいた。普段あなたが周囲に向けている作り物めいた態度じゃなくてね」
「それで僕が文倉さんと同じ類の人間だと?」
「同い年なんだし、文倉でかまわないわ」
「じゃあそう呼ぶね。それで、僕の質問の答えは?」
「大体はそんな感じだけど、それだけじゃないわ。あ、チャイムなりそうだから急ぐわね」
そういって文倉は駆け出したが、突然足を止めて振り返った。
「スクープアイの正体……あなただったら素敵ね」
そう告げて僕に背を向けて再び走り出した。
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