イカロス症候群

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 僕がそうしているように、彼女も眩しそうに目を細めて、僕を見上げる。 「アンタもね」  あと数日で夏休みに入る。高校最後の夏は、塾通いで忙しくなりそうだ。あの中秋の日、失恋して絶望していた僕は、ここにいない。何となく、本当に微かだけれど、僕は将来を見定め始めていた。具体的になるにつれて、順応するものだと思った。  ――僕はいいんだ。こんなひょろいモヤシみたいな体、嫌だし。  言うと、彼女はあの、耳に馴染んだ快活な笑いを返してくれた。僕と彼女は、見つめ合ったままだ。 「アタシはモヤシみたいなアンタ、嫌いじゃないよ」  彼女の快活な笑いは、優しい微笑みの中に消えた。今まで見せたこともない表情に、戸惑うのは僕のほうだ。子供を見守る母親のような、そんな顔をされても困る。僕と彼女は屋上で出会い、未だ互いの名を知らない、本当におかしな関係だからだ。真剣な話も、相談もした。けれど、それ以上ではない。たぶん、彼女のほうだって。 「成績、いいみたいだね」  眩しそうな顔で視線を逸らしながら、彼女が言った。背中を汗が伝い落ちる。僕は彼女の目の前に立ち尽くしたまま、表情を消すことしか出来なかった。彼女の声にはどこか、名残惜しそうな響きが含まれていた。僕が、屋上に来るのは今日で最後だろう、と考えていることを、見透かしたようだった。
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