5人が本棚に入れています
本棚に追加
――ここに来るときは、悲しい知らせだよ。
「アタシは二度と、アンタの顔なんか見たくないね」
いつも、さり気なく元気をくれた彼女の名前を、僕は知らない。いつも、しょぼくれた相談や愚痴ばかり持ちかける女々しい僕の名前を、彼女は知らない。だからこれで、おしまい。
「さよなら」
二つの声が重なって、初夏の晴天に溶け込んだ。
現実は、ドラマのように綺麗な終わり方が出来ないようだ。そんなことは分かりきっている。だから、初夏の晴天に交わした別れの挨拶が、僕にはとてもバカバカしいものだったし、同じことを考えている人物が、今でも僕の傍らにいる。
「悲しい知らせ、聞きたくなかったけどね」
彼女はノートにかりかりとシャープペンシルを走らせ、文字を綴っている。屋上から飛び立ってようやく、僕は彼女が勉強している姿を見た。
彼女の名前を知ったのは、僕が予備校に通い始めてからだった。初対面でもないのに決まりが悪く、僕と彼女は初めて、互いに名乗り合った。高校の制服を脱いでも、彼女は彼女だったし、僕は僕だった。予備校には僕の友人も何人か通っていたが、僕は決まって、彼女の傍に居場所を求めた。
「屋上に来ないから、受かったんだと思ってた」
シャープペンシルの芯をしまって、彼女は僕を振り向く。人気のない自習室に、ひそめようと努力している声は、それでも響く。
最初のコメントを投稿しよう!