イカロス症候群

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 ――ここに来るときは、悲しい知らせだよ。 「アタシは二度と、アンタの顔なんか見たくないね」  いつも、さり気なく元気をくれた彼女の名前を、僕は知らない。いつも、しょぼくれた相談や愚痴ばかり持ちかける女々しい僕の名前を、彼女は知らない。だからこれで、おしまい。 「さよなら」  二つの声が重なって、初夏の晴天に溶け込んだ。  現実は、ドラマのように綺麗な終わり方が出来ないようだ。そんなことは分かりきっている。だから、初夏の晴天に交わした別れの挨拶が、僕にはとてもバカバカしいものだったし、同じことを考えている人物が、今でも僕の傍らにいる。 「悲しい知らせ、聞きたくなかったけどね」  彼女はノートにかりかりとシャープペンシルを走らせ、文字を綴っている。屋上から飛び立ってようやく、僕は彼女が勉強している姿を見た。  彼女の名前を知ったのは、僕が予備校に通い始めてからだった。初対面でもないのに決まりが悪く、僕と彼女は初めて、互いに名乗り合った。高校の制服を脱いでも、彼女は彼女だったし、僕は僕だった。予備校には僕の友人も何人か通っていたが、僕は決まって、彼女の傍に居場所を求めた。 「屋上に来ないから、受かったんだと思ってた」  シャープペンシルの芯をしまって、彼女は僕を振り向く。人気のない自習室に、ひそめようと努力している声は、それでも響く。
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