イカロス症候群

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「アタシは勉強なんてしたくない。自由になって、自由に生きるの」  自由、という単語だけを、音を出さずに紡いでみる。その言葉の意味すら、頭は理解していないような気がする。僕は自由だ。少なくとも、規則の下に。では、その規則を取り払ったら、僕は本当に自由だろうか。教育を受ける義務はとうに終わっている。選択した道なのに、嫌々勉強しているこの現状は、規則の下の自由なのだろうか。  ――じゃあ、どうして高校にいるんだよ。  彼女の視線は、僕の襟元、緩められたネクタイを見ていた。口元に薄く笑みを浮かべて、眩しそうに細められた目が、どうしてそこばかり注視するのか。怪訝な目を向けると、彼女は再び遠くを見る。僕と彼女の視線が交差したのは、屋上での初対面くらいだ。 「どうしてだろ。イマドキ、高卒じゃないと雇ってもらうのは難しいし、中卒で出来ることなんて限られてるから、かな。アタシは高校なんてどうでも良かったけど」  思慮深げに曇る彼女の横顔を見つめてから、僕は秋晴れの空を見上げる。鮮烈な蒼が一面に広がり、ところどころに白い雲が浮かび、赤トンボが静止を繰り返しながら飛び回り、鳥が黒く影を作る。ゆっくりと休んで一呼吸置けば、今でも僅かに残っている自然と、極彩色の世界を知ることが出来るのだ。
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