イカロス症候群

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 彼女は相変わらずの男口調で、時折、僕から振った男同士の話題にも、苦笑混じりで応じてくれた。さばさばしていて、男勝りで、接しやすい部分もあったのかも知れない。淡泊な性格の割に、僕の悩み相談や愚痴は真面目に聞いてくれたし、真剣な話をすることもあった。  冬が近づく頃、僕は試しに一つ、こんな話をしてみたことがある。ギリシャ神話に出てくる、ダイダロスとイカロスの逸話だ。  ダイダロスは名工として名が知られる人物で、イカロスは彼の息子だった。あるとき、ダイダロスはふとしたことでミノス王を怒らせてしまい、息子と共に、出口が一つしかない塔に閉じ込められた。ダイダロスは息子を連れて逃げ出す方法を画策し、鳥のように飛ぶことを思いついた。ダイダロスとイカロスは鳥の羽を集め、蝋で固めて翼を作り、窓から脱出することに成功したが、イカロスは父の忠告を忘れて太陽に近づき、墜落してしまう。 「それ、悲劇?」  彼女がフェンスに凭れながら聞いて、僕は首を振った。  ――何事も調子に乗るなって、教訓話じゃない?  僕も詳しいことは知らなかった。受験のために本を読もうと立ち寄った図書室で、たまたま見つけた神話の一部だった。注釈が幾つかついていた気もするが、そこまでは読まず、すぐに本棚に戻して別の本を探した。
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