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突然の事に淕も何が起きたのかさっぱりわからなかった。
ただいつの間にか自分は、帰りの電車を待っていて女性に手を掴まれて睨まれていたという事にようやく気が付いた。
どうやらぼーっとしていたらしく、列に並んでいる間に女性に触れてしまっていたようだった。───春休みで中高生で賑わっている駅のせいか、電車を待つ人もいつもより多く、痴漢に勘違われても仕方がなかった。
おかげで駅員には延々と説教され、女性には未成年がこんな事して!と怒鳴られひたすら謝るほかなかった。
そしてようやく地元の駅に着いたと安堵した矢先に、ポケットに入れていたハズの財布がない事に気付いた。
――――まったくもって今日は運がない。
(何でこんなに運がないんだ、俺…)
傍にあったベンチへと腰掛けて、淕はすっかり落ち込んでしまった。
ふと見上げてみると、満開の桜がいくつも並んでいてすっかり春が来ているんだと思い知らされた。
春爛漫、なのに俺はサクラチル…
我ながら上手い、と自嘲気味の笑いが込み上げてきた。
フラレるとは思ってはいたけど、予想以上にショックだった。
───彼女にフラレたのが発端で運が悪いのだろうか?
でも彼女は“気持ちは嬉しかった”と言ってくれた。だから悔いはない、むしろスッキリした方だ。
なら彼女は悪くないではないか。淕はふるふると首を振って、運が悪いのはきっと何もかも自分のタイミングが悪かったせいだと思う事にした。
「───っくしゅんっ!」
ふと降ってきた桜の花びらが鼻を掠めたために、クシャミが出た。
「ったく…ヒラヒラ、うっとーしいんだよっ!」
はらはらと舞う桜の花びらを掴もうとぶんぶんと手を振り回す。
でもそれを空を斬っただけで、虚しくも何も掴めなかった。
「‥チクショ…っ‥」
じわじわと涙が出てきた。色々込み上げて、みっともないと思って止めようと目を擦るがそれでも止まらなかった。
報われなかった恋だった。───でも彼女と過ごした日々や、自分の気持ちが間違いだったとは思わない。むしろ充実していた。笑ったりケンカしたり些細な事で言い争ったり…それでも彼女への気持ちが変わらなかった自分が誇らしい。
だからこそ涙が止まらないのかもしれない。
「───あ…?」
しばらく目を擦っていると、いつの間にか目の前に桃色の布が差し出されていた。
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