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序章
――朧月が、ゆらゆらと雲の隙間から姿を見せる。
それは、静寂に包まれたある春の夜だった。
群れ咲く淡雪のような花々が夜風にやわらかく揺れ、光に照らされた夜桜の花弁が池の水面を漂う。
せして水面に映るは、満開の桜を咲かせている桜花の木―――
「巫女様、私はいつまでも貴女の傍にいます。貴女の心の中に、永遠に……」
優美な着物を纏った美しい女性の手を握りしめながら、男性は強い瞳で言った。
「嫌だ! 行くな! 争いになど……死ににいくつもりか!?」
女性は手を払い避け、目を麗せて叫ぶ。
「いいえ……。私は、新しい時代を切り開くために……。貴女を守るために、自分全てをかけて」
「いやだ!行くなぁ!」
腰にかけている刀を何か想いしめるように強く握りしめ、男は一歩を踏み出した。
心なしか、何かに惑い悲しんでいるような苦痛の表情で……。
しかしその後ろ姿を、女性はただ見ていることしか出来なかった。
足腰の力が抜け、地面へと崩れ落ちる。
そして、そんな彼女の瞳からは一片の涙が流れ落ちた。
―――さよなら巫女様。
私のかけがえのない人
私を救ってくれた人
私の愛した女の人……。
貴女を守るために
――いざ、戦いに参ります。
強い意志を心に持ち
溢れる想いの言葉を喉の奥で殺し
一度も振り返ることなく
孤高の獅子は歩み出した。
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