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母親は、隣で自身を見ている子供に気付いた。
飽きたか、とその細い髪を指で梳き、帰宅の意思を問う。
子供はなにかに怯えるように母親にきつく抱きついた。
「はなびは、もーいぃ。なくなっちゃうから、イヤ」
眠そうなその顔を母親の胸に押し付けて言う。
母親は子供を膝の上に乗せ、抱き抱える。
「…いつかはゆぅみもママの前から消えて行っちゃうよ。
ママもゆぅみの前から消えなくちゃいけないときがくる。」
子供の頭から被せる様な声はか細く、海の音にかき消される。
「消えちゃうのはいけないことじゃないよ。
さっき上がった花火はもう見ることはできないでしょう?だから一生懸命見ようとするの。
もう戻らないから、だからママはそうならないうちにゆぅみと一生懸命生きなくちゃいけないの」
母親の心音と、淡々と喋るその声に安心したのか既に静かな寝息を立てる子供にはその言葉は届いていない。
母親はただ、鼓膜を震わす花火の音と、波と風の音、遠くに聞こえる人々のざわめきに寄りかかり声を出す。
その眼は確かに、自らの腕に抱く子供をしっかりと見つめていた。
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