夕暮れに染まる国

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何処かで鐘が鳴っている。 荘厳で、心が洗われるような。  聴いていると自然と笑みが零れ、思わず聞き入ってしまうような惚れ惚れする音だ。 しかし、うるさい。 今はそんなものは求めてなどいない。 「――さん、お嬢さん。どうしてこんな所で寝ているんだい? 起きなさい、起きなさい」 誰かが少女を優しく起こす。 彼女の名はアリス。 滑らかな金色の髪に青い瞳をした美しい少女。 「お嬢さん、お嬢さん。風邪をひくよ。さぁ起きなさい、起きなさい」 「――うーん」 本日三度目の起床を果たすアリス。  一体何度寝て何度起こされるのだろう。中々に寝汚い。 「うう――頭が痛い」 「大丈夫かい?お嬢さん」 アリスは頭を押さえながら、声のする方向に目を向ける。 其処にはなんと人の背ほどもある大きなモグラがいた。 「――ぎゃああぁぁぁぁぁッ!!」 アリスは叫んだ。 これでもかというほど叫んだ。 多分今まで生きてきた人生の中でも一番大きな声で叫んだ。 そしてまた気絶した。 「――片栗粉!!」 アリスは今度は柔らかいベッドの上で飛び起きた。  しかしどうにも土臭くて青臭い。どうやらそれは盛り上がった土と柔らかな草で作られたベッドらしい。人が寝る物ではない事だけは確かだ。 しかし、彼女は一体どんな夢を見ていたのだろう。 片栗粉が出てくる夢など想像もつかない。 ましてや飛び起きた時に出た言葉がそれなどと――。 誰も経験した事などないだろう。 「あぁ。お嬢さん、起きたかね」 先程と同じ声がした。 「いやぁ。お嬢さんがまた寝てしまったから、仕方なく私の家へ運んだよ」 アリスは見た。やはり人の背ほどもあるモグラがいた。  気を失いたくなる程に強烈で信じられない光景だった。  しかし、今度は二度目ということもあり、気絶する事なくモグラを観察する事が出来た。 モグラはスーツを着ていた。 しかも頭にはちょこんと小さな黒いシルクハットが乗っかっている。 ご丁寧に杖まで持っているが、その手から生えた爪は長く太い。  あの爪で引っ掛かれたらアリスなど一溜まりもなさそうだ。 「――えっと。あんた、モグラ?」 アリスは勇敢にもモグラにモグラかと尋ねた。 モグラじゃないとしたら何だというのだろう。それ以外にこの生物を形容する言葉など思い浮かばないが、とりあえず念の為尋ねてみたのだ。 「あぁ。如何にも私はモグラだよ。名前はセントルハードという」 なんとこのジェントルマンな格好のモグラには名前があった。  モグラの癖に随分と洒落た名前である。洒落た格好したモグラには洒落た名前が付いているものなのだろうか。 洒落た格好をしたモグラがこの世に二匹といるかどうかはこの際置いておくとしよう。 「お嬢さんはなんて名前なんだい? どうしてあんな所で寝ていたんだい」 セントルハードはアリスに尋ねる。 あんな所と言われても、アリスには何処かわからない。  だってアリスは普通なら家にいる筈だ。姉の作ったサンドイッチを食べて飼い猫のダイナと戯れていた筈なのだ。  モグラと戯れる趣味も暇もない。 いや、アリスはこのモグラに興味があった。  何故モグラが喋っているのか。何故モグラが服を着ているのか。何故ちょっと紳士ぶっているのか。非常に気になっていた。 でもちゃんと質問には答えた。 何事にもまずは礼儀からだ。 「私の名前はアリスよ。モグラ」 でもモグラの名前は覚えてなかった。
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